大抵の人は、何かをするときは、それと同程度かそれ以上の価値の見返りを期待しています。だいたいこれはモノかお金を基準にしています。
この考え方の場合、あらかじめ見返りがあることを期待した行動を取ることになります。
どれだけの対価が自分にあるのかに重きを置いているわけです。
報酬が期待できないものには、見向きもしない。
資本主義社会のルールと言えばそうかもしれません。
しかし、全ての人がそのルールに従っているかというと、必ずしもそうではありません。
例えば純粋な募金やボランティア、子供達へのプレゼントなんかは、報酬を期待した行動ではありませんよね。
行動の対価は問題ではなく、ただ受け取った人の喜ぶ顔が見たい。純粋に何かしてあげたい。
そんな想いを持って行動している人もいるわけです。
昔の名医と言われたお医者さんほど家も着る物もボロボロでした。
それは、誠心誠意病気を治し、健康を与えるだけですから、周りに病人がいなくなり報酬が減るからでした。
そんなの馬鹿馬鹿しいと思われる人もいるかもしれませんが、実はそうではないのです。
善良な市民には借りを放置できない性分があり、恩であれ何であれ、何らかの形で返さずにはいられないようになっているようです。
善意で施せば、感謝や金銭で返ってきます。
悪意で振舞えば、暴力や中傷で返ってきます。
「世の中の成功とは与える行為ができる事」です。
ほんとうに心が豊かな人は、さりげなく何かを与え続けている活動をしている人です。
対価を期待するばかりの人よりも、相手のことだけを考えた行為のほうが、ずっと温かい波動に包まれます。
見返りにばかり囚われていると、それを実行するのにはかなりの壁があります。
それは、損をしたくない、儲けたい、という気持ちが大きいからです。
そうすると、報酬が期待できない仕事はやる気が出ないし、無駄なことはやりたくない、となってしまいます。
その末、収入の高い人や、名のある学歴・会社の人に擦り寄ったりして、他力本願になってやろうと考えるわけです。
しかし、どちらかといえば、見返りに拘るほうが無駄ではないでしょうか?
何かにつけ他人のレスポンスを気にするのは、非常に気力を使う行為です。
楽できるのかとか、報酬の高い仕事なのかとか、そんなことばかり考えて疲れませんか?
見返りを気にしているくらいなら、何も考えずに与える行為をしているほうがずっと楽しく、手間がかかりません。
与える事に必要なのは、自分の意思だけです。
自分が納得してやったなら、それだけで十分です。
貴方の思うままに、
貴方の信じる価値を、
貴方の大切な人へ捧げる。
誤解される事もあるでしょうが、そんなの気にせず、あなたの心が温かくなれるならそれでいいじゃないですか…。

私達CACでは緑溢れる自然とその中で育まれた豊かな心を継承する日本に感謝しています。
次の世代を生きる人たちが日本人として誇りを持って明るく生きられるように、
社会、歴史、精神の再認識、
様々な分野への「投資活動」「レクリエーション」などを通じて
楽しみながら情報を交換しております。
もし何か行動したい…とか、何から始めてよいかわからない…など、
気になることはひとりで悩まずとりあえずCACへお知らせください。
よい提案が出来るかもしれません。
いつでもお待ちしております。
※ CACのメンバーさんには、今後みなさまにお役に立てるようなより踏み込んだ内容で情報配信をしていきます。
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